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ぶどう山椒
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=== 発祥 === ぶどう山椒とは、天保年間(1830年~1844年)に[[紀伊国]][[有田郡]]遠井村(後の和歌山県有田郡[[清水町 (和歌山県)|清水町]]、現在の[[有田川町]])の医要木勘右衛門の庭に自生していたものが発祥とされており、元々は現在の[[兵庫県]][[養父市]][[八鹿町]]朝倉で栽培されていた[[朝倉山椒|アサクラザンショウ]]から派生したと言われ、その後、近隣の地域でも広く栽培されていった。当時は主に薬として重宝され、医要木家の屋号は「医用の木」と呼ばれるようになった。のちにこの屋号が岩脇姓となり、昭和期以降も遠井地区に残る岩脇家はその末裔である。
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